【前回までのあらすじ】
突如として、アポロおじさんとぼくの通信の間に割って入ったナルと言う人物。彼は、アルテミスさんを救う事が出來ると言い出したのです。この正体不明の謎の人物(思えばアポロおじさんも最初はそうでしたね)の提案した方法。
これに賭けたぼくは、彼の素性を調べる為にナーダとポーロに彼自身に付いて知っているかを訪ねるのですが、ナーダとポーロは彼を知っていました。しかし、とある時期から彼等の呼び掛けにナルは応えなくなったと。それはつまり…。
↑ここまでが、前回までのあらすじ。
やはり、入れ物はあったのか…。
前回ぼくは、入れ物がなければアルテミスをこの状態(死んだと定義される状況)から救い出す事は難しいのではないのか?と推測した訳ですが、やはり入れ物は存在した模様。
ナルなる人物は明確に””マインドアークと呼ばれる物体を精製出來れば、アルテミスさんの魂と呼ばれる物の一部を確保出來る“”と同義の話をしだしはじめました。
總而言之(つまり)彼の提案とはマインドアーク精製の為の素材探し。しかし、マインドアークを精製するために必要な、カドミウム。これは、宇宙船にカドミウムドライブを積んで、ワープした先の赤色星系にしかないと言います。
それで、ぼくはカドミウムドライブを造って、赤色星系に辿り着いた時に考えていたんですよ。
あぁ、だからエクスさん(Second Life時代の手下)は、宇宙ステーションがない誰もいない星系があったと言ったのか(※エクスさんはストーリーは優先していない)。
ぼくが辿り着いた先の赤色星系もそうだったのですが、赤色星系には、宇宙ステーションがある星系と、全くないおかしな星系の二つが存在する模様です。おそらく、エクスさんはストーリーは進めていないまま、先にカドミウムドライブを造ったから。
さて、カドミウムドライブで辿り着いた先で、無事についてカドミウムを採取したぼくは。次に””生ける真珠””を集めろと言われましたが、これ既に知らない内に事前採取していた模様です。多分これは、水のある惑星で、貝の中にあったんだと思うよ。
楽園の星があったけど、陸地が赤茶けてるとゆった日記の回。あの時に、知らない内に泳いで採っていた模様です。ですから、このフェーズは即座に終了したので、ソウルエンジン(マインドアークの核(コア))を精製する事に成功しました。
次に、これを入れるマインドアークの外殻その物を精製します。だけど、これは宇宙ステーションにありていのパーツで精製する事が出來ました。
しいて言えば、ガラスがやや入手頻度が難しいのかな?でも、幸いにもぼくと、みちゃんの心のお友達の初期惑星は、ガラスの精製に適したフロストクリスタルの産地。だからね?いつの間にか、こちらも事前に入手していた模様。
これにて、マインドアークの精製は終了です。これまで、事前に念入りに用心して生きて來た事が幸いして、あっと言う間にマインドアークを造り終えたよ。過去の経験、法則に縛られてはいけないけれど。それらが重要になる事も、この大宇宙や、人生には往々にしてある事もまた。
忘れてはならないんだね。実際ぼくは、ゲーム内の事だけではなく。現実世界でも、この台灣で過去のあらゆる経験則を駆使して、それら全てが己の役に立っているわけなのだからね。知識と経験の扉はいつも、いつでも開いておこう。
この2つを完成させると、いよいよ決断の時です。なにを決断するのかと言えば、アルテミスさんの蘇生をです。これはもう、過去にぼくが何度か推察した通りの選擇肢(選択肢)なのですが。
ぼくが入れ物と言ったように、蘇生は完全でありません。どう言う事とかと言えば、アルテミスさんは、有機生命体としての、アトラスサーバー内でのNPCとしての死は既に迎えているのです。
これを生き返らせるには、マインドアークに魂を入れ、ネットの世界(ナーダとポーロのスペースアノマリー内のローカルネット)に生き返らせる。そう言う事です。早い話、松本零士のキャプテンハーロック。あれのトチローさんシステムです。
ナーダさんも、だいたい同様の事を言います。そして、ネットの中のたった一つの星系で永遠に生きる事は苦しみかも知れないと。もしかしたら、その点において、一定数のユーザーさんは、アルテミスさんの死を許可する選択肢を選ぶかも知れませんね。
でも、十人十色の考え方があります。そして、この大宇宙には絕對(絶対)の善も、絶対の惡も存在しません。だから、ぼくは違います。
生きる事は、全てが悲しみと苦しみの連続です。少なくとも、現実のぼくの人生がそうだった。だから、たった1つの大切な物があるのならば。天地逆さかになろうとも、未来永劫億万年の。いや、那由多、恒河沙の因果の定めを受けようとも。
絶対に離してはいけないのです。
ぼくは、この歳になると。悲しい事が多過ぎた過去があるので、吵架(喧嘩)別れした全ての人とももう一度会いたいし、嫌いな人間は誰1人としていなくなりました。だからね、例え億万年の時の苦しみが待っていたとしても。
過去の思い出に変えてはいけないんだ。アルテミスさんの人生は、アルテミスさん本人の物かも知れない。だけど、アルテミスさんと出会ったぼくの人生は、ぼくの物だ。だから、ぼくはアルテミスさんを取り戻す。
ポーロさんも、どちらを選んでも友だと。そう言いました。人はね、宇宙に生ける全ての生命体は全て、優しさと利己。相反する、ふたつの気持ちを持っている生き物なんだ。
生き続けさせる事は、呪いを伴う利己(わがまま)かも知れない。だけれどね、死を許可する方もそれもまた利己だと思うよ。その方が楽だろうと思って(推察して)、死を許可する訳だからね。それが、利己以外の何物であると言うんだい?
だからね、生き続けさせる事も、死を許可する事も利己だと言うのならば。己のあるがままに生きた方が良いよ。あなたは、彼を生き返らせたいのかい?死を認めるのかい?優先されるは、自分の気持ち。
他人の気持ちじゃないんだ。
よって、””ぼくは””アルテミス先輩をアップロードする。誰が何と言おうと、モーレツにアルテミス先輩は生き返らせる。止めることなど出來はしないんだ。
普遍の愛とは本來わがままなものなんだ。蘇れアルテミス!!
おかえりアルテミス。